2010/11/07

ゴルの虜囚 78 【CAPTIVE OF GOR】

<反地球シリーズ>
ゴルの虜囚
ジョン・ノーマン


7. 他の女たちと、北方へ連れて行かれる(14)

 わたしたちは二度、ボスクを牧畜する断崖の村に立ち寄りました。わたしはこの滞在は歓迎でした。まだぬくもりのある絞りたてのボスクのミルクを飲めたし、草葺だけれど屋根のあるところで夜を過ごせます。このような村にある、夜にわたしたちがつながれる小屋には、いつでもきれいな藁が敷かれてています。すっきりとした、お日様のにおいがします。荷車の硬い板のあとでは、ここに横になるのはとっても素敵です。

 ユートとインジ、特にユートは忍耐強い、根気良い教師でした。一日に何時間もわたしにゴル語を教え、当然わたしはゴル語漬けです。わたしはすぐに、考えなくともにゴル語を話せるようになりました。言葉を自由に使いこなせない子供が学ぶように、この言語を習いました。 ユートもインジも英語を知りませんから、変換の理論的体系や、言語学的な同一性を示すことは、したくても出来ません。二人は英語を知らないのだから、道具のごとく実用的かつ具体的、花や雲のごとく表現豊かで美しい、生きた言葉を教えるほかありません。わたしがゴル語で考えるようになるのに、長くはかかりませんでした。レッスンを始めてから十日ほど後に見た夢は、知性的なゴル人へ、同じ言語で考えずに受け答えすること。飴を盗みラナのせいにして、ラナがぶたれる夢も見ました。面白い夢を見ていたのに、ターゴが鞭を手に揺らしながらこっちへ来るような気がしました。冷や汗をかいて目を覚ますと、わたしは荷車の中で無事に鎖につながれ、カンバス地の上でした。外は雨で、赤い縞模様の角ばった屋根を打つ音が聞こえました。荷車の中の他の娘たちの息づかいが聞こえました。わたしはまた体の下の幌布の上に寝そべると、鎖がかちゃりと音を立てました。雨の音を聞きながら、また眠りに落ちてゆきました。

 最初は文法は完璧ではありませんでしたが、インジが上達を手助けしてくれました。しばらくすると、娘たちや衛兵の訛りで、地方の違いさえも見分けられるようになりました。ボキャブラリーは徐々に広がり、たった数日間で、ユートとインジの徹底的な指導の下、ゴル人と会話できるまでになりました。もちろん、わたしがこれほど熱心に言葉を習うのには特別な理由があります。わたしを地球に返してくれる人とコンタクトを取りたいからでした。地球にある資産で、故郷の星に戻る早い渡航証が買えるに違いないと思いました。

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